今回ご紹介するのは、レハールの歌曲《Sehnsucht, heimliches Verlangen》。
タイトルにある Sehnsucht は、「憧れ」「切望」「郷愁」などと訳されるドイツ語です。
歌詞だけを読めば、もうそばにはいない恋人への未練を歌った、切ない恋の歌のようにも感じられます。けれど、この曲が書かれたのは1939年。
第二次世界大戦が始まり、ヨーロッパの人々の日常が大きく揺らぎ始めた時代です。
その時代背景を重ねてみると、この「届かない想い」は、恋人だけに向けられたものではないようにも思えてきます。
戦争によって離れ離れになった人。もう会うことのできない大切な人。失われてしまった場所や、戻ることのできない時間。
そんなものすべてへの「Sehnsucht」が、この曲には込められているように感じます。
音楽には、緊張―緩和―そして再び緊張へという大きな流れがあります。張りつめた気持ちが一度ふっとほどけ、甘く親しみやすいレハールらしい旋律が現れる。
この曲はレハールと深い関わりを持った名テノール、リヒャルト・タウバーも歌っています。レハールの音楽には、芸術性を追求しながらも、決して聴き手を置き去りにしない親しみやすさがあります。
難解な音楽として閉じるのではなく、美しい旋律に乗せて、多くの人の心へ届ける。
《Sehnsucht, heimliches Verlangen》にも、そんな「大衆への目線」が感じられるように思います。
「もう遅すぎるのだろうか?」
自分自身に問いかけるような瞬間。けれど、そこで終わりません。
「いや、そんなことはない!」
今度は誰かに答えを求めるのではなく、自分自身でそう言い切る。
深刻な想いをそのまま突きつけるのではなく、美しい音楽で包み込み、誰もがどこか自分自身の「会いたい人」を重ねられるような歌にしている。
そこにも私は、レハールらしさを感じます。
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