リサイタル冒頭には、バロック時代の作曲家アントニオ・ヴィヴァルディ(1678-1741)の作品からオペラアリアを選びました。
歌劇《ポントの女王アルシルダ》より “私はジャスミンの花”
歌劇《バヤゼット》より “私は侮られた花嫁”
の2曲です。
まず今回は作曲家ヴィヴァルディについて話していきたいと思います。「赤毛の司祭」と呼ばれたヴィヴァルディは、18世紀ヴェネツィアに生まれ、司祭であり、ヴァイオリニストであり、そして数百曲におよぶ協奏曲とオペラを書き残した人物です。《四季》で広く知られる一方で、彼が真に力を注いだのはオペラや宗教音楽、すなわち「声」に宿る表現でもありました。
ヴィヴァルディが生きたヴェネツィアは、水と光に抱かれた祝祭の都市で、交易によって豊かさを享受し、カーニバルや音楽会、オペラの舞台は連日のように賑わっていました。一方で、国力は徐々に衰退し、疫病や戦争が人々を脅かすこともありました。祝祭と不安、繁栄と衰退。この都市そのものが「光と影のあいだ」にあったのです。
そんな中を生きた彼は、幼少期から胸の病に悩まされ司祭としての務めを果たせないこともありました。しかし、その弱さがこそが彼を音楽に一層の情熱を傾けさせたのかもしれません。晩年、ヴィヴァルディはヴェネツィアを離れ、ウィーンへと向かいました。当時のハプスブルク皇帝が彼の才能を高く評価しており、新たな後援を期待してのことでしたが、運命は残酷で皇帝はその直後に亡くなり、ヴィヴァルディは支えを失いました。彼はウィーンの地で孤独に世を去り、墓も現存しません。栄光と没落という彼の生涯は、祝祭と憂いが隣り合わせにあるヴェネツィアとも重なり合い、その二面生の揺らぎは彼の音楽にも繊細な陰影として息づいているように感じます。
ヴィヴァルディの音楽に触れるとき、生き生きとした華やかさと、そこに潜む影を感じるのです。ただの技巧的な華やかさにとどまらず、光の中に忍び込む影、旋律の奥に潜む孤独や祈りを感じます。水にきらめく太陽の反射と、その奥に広がる静かな深淵――彼の音楽はその両方を映し出しているようです。
今回のリサイタルで取り上げる二つのアリア《私はジャスミンの花》と《私は侮られた花嫁》は偶然にもその象徴のようにも見えます。一方は繊細な花の香りを纏い、もう一方は誇りと悲嘆を高らかに歌います。その対照的な二曲は、ヴィヴァルディという人物だけでなく当時のヴェネツィアそのものの姿にも重なります。
次回は、歌劇《ポントの女王アルシルダ》より “私はジャスミンの花” 《Arsilda regina di Ponto》“Io son quel Gelsomino” について紐解いていきたいと思います。

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