今回取り上げるのは、オットリーノ・レスピーギ《トスカーナ地方の四つのリスペット》の三曲目、“Viene di là, lontan lontano(向こうから、遠く遠く)」です。「リスペット」とは、「恋歌」とも訳され、トスカーナ地方で歌われた民謡の一つで、恋や自然、生活の中の感情を、短く、飾らずにうたう詩の形式です。直接的に言わず、比喩の中に気持ちをそっと置いていくような、控えめな美しさがあります。レスピーギはその質感に寄り添い、民謡本来の呼吸を損なわずに音楽へと昇華しています。
三曲目《Viene di là, lontan lontano》は、恋する気持ちを風に託す、素朴で一本筋の通った民謡詩です。
描かれる情景は“風が来る”ただそのひと場面だけ。“風が来る”という一つの出来事だけを起点に、同じ想いが何度も静かに反復される。その控えめな構造が、この曲の余白と静けさをいっそう際立たせています。
歌詞と大意
【伊語原詩】
Viene di là,lontan,lontano ‘l vento
E me lo manda qui ‘l mi’ dolce amore
Perché mi dica,nel suo strano accento,
Tante belle parole in fondo al core…
O vento lene,o lene venticello,
Ritorna dal mi damo,dal mi’ bello:
Ritorna dal mi’ damo,o vento lene,
E digli che gli voglio tanto bene!
E digli che gli voglio bene tanto,
E che dal giorno ch’è partito via
Ho sempre gli occhi rossi pel gran pianto
E ‘l core gonfio di malinconia…
Diglielo,o venticello profumato,
In quali condizioni m’hai lasciato…
Digli del core mio tutti gli affanni
E che ritorni presto e non m’inganni!
【大意】
そこに来る 遠く 遠くから風が
そして私に愛するあの人から送ってくる
私に告げるの 上思議なアクセントで
私の心の底に響くたくさんの美しい言葉を…
おおやさしい風よ おおやさしいそよ風よ
返事を送ってね 愛するあの人に
返事を送ってね おおやさしい風よ
そしてあの人に伝えて とても愛していると
そしてあの人に伝えて とても愛していると
そしてあのお別れした日から
私はずっと泣き腫らして赤い目をしていると
この心は深く打ち沈んでいるわ…
そうあの人に告げてね おお香り立つそよ風よ
どんなことがあっても 私のもとを去り…
あの人に伝えて 私の心のすべての悩みを
それからすぐに戻ってきて 私に嘘は言わないでね!
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民謡詩は多くを説明しません。ただその一場面だけが差し出され、風景の中に、聞く人それぞれの記憶や感情が重なっていきます。前奏のピアノは、まるで風そのものです。方向を持ちながらも、ふと揺れたり、弱まったり、またそよいだり。自然の呼吸のようなさりげなさがあります。その上に乗る和声は、劇的には動きませんが、胸の奥にふと生まれる小さな揺れを丁寧に写し取っています。民謡らしい素朴さを残しながら、ほんのわずかな陰影で心の動きを描いていく書法です。レスピーギは“説明しない強さ”という民謡詩の本質を壊さず、聴く人がそこに自分の想いを重ねられる余白を残しています。
《四つのリスペット》の中でも、《Viene di là, lontan lontano》は特に“余白”が美しい曲です。多くを語らないからこそ、聴く側の人生や感情を自然に映し返すような、静かで深い味わいがあります。
次回は歌曲集の最後の曲、《Razzolan, sopra a l’aja, le galline》を取り上げます。日常の明るい生き生きとした息づかいと、そこに宿る人間らしさを見つめていきたいと思います。

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