「光と影のあいだに」番外編

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バロック時代の作品との出会い

ここで少し、私のバロック作品との出会いをお話ししようかと思います。

私が大学生のころ、世界的に(今思えば特にメトロポリタン歌劇場で)活躍していたソプラノのスターといえば、アクロバティックなコロラトゥーラや激情的な演唱が印象的なナタリー・デセイや、美声・美貌を兼ね備えたロマンたっぷりの演唱が魅力のアンナ・ネトレプコでした。華やかで美しくて、小さい女の子がアイドルにあこがれるように、彼女たちのような〈魅力的に演じるプリマ〉に強烈な羨望を抱きました。そんな私はロマンティックなものへの憧れからか、バロック時代の声楽作品に対して、形式的で難しくとっつきにくい、感情表現をどうしていいかわからない、シンプルすぎる譜面がなんだかつまらなさそう、などと苦手意識を抱き、歌曲でさえもあまり触れてこなかったように思います。

そんな私が初めてバロックのオペラ作品に取り組んだのは、大学卒業後出産のため2年間のブランクを経て入学した、大学院のオペラ研究科1年に在籍している時でした。その時取り上げた作品は、オペラの始祖モンテ・ヴェルディの《ポッペアの戴冠》で、成果発表の際はポッペア役を演じましたが、女性が演じることのできる役はひととおり譜読みをし、勉強したことを覚えています。楽譜の書き方や、装飾音のつけ方など、最初はどのように学べばいいかわからず戸惑いました。その頃はまだ2歳の娘を育てながらの学生生活で、声も技術も追いつかずとっちらかっていて、学ぶというスタートラインにも立てていない状態のまま授業に臨んでいたように思います。

しかし次第に体当たりで挑んでいるうちに、その魅力が少しずつ理解できるようになりました。「劇の中心」として声を使うのではなく、言葉を運ぶための生きた楽器として声は扱われていると気付いたのです。通奏低音のみのシンプルな伴奏だからこそ、声のわずかな震えや息の変化、母音の陰影までもが音楽の構造そのものになるのだと。ため息なら下行音形、希望なら上行音形、恐れや震えなら細かい装飾やトリルなど、肉体の反応として声を楽器のように扱うから鮮烈な印象を残すのだと知りました。そして言葉と言葉の「間」までもが音楽であり、声を飾らず削ぎ落すほどに人間的な表現が明瞭となる、ということも学びました。

それが私のバロックオペラとの出会いで、そこからバロック作品のイメージが変わり、興味深く学び続けたいものとして自分の中で位置づけられました。AIの技術の発展が目覚ましい今、それとは対極にある、“人間にしか表現できない「間」、「陰影」、「息の変化」など肉声の魅力”を存分に味わえる芸術といえるのではないでしょうか。

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