「光と影のあいだに」No.9 《雌鶏が庭でついばんでいる》

今回取り上げるのは、オットリーノ・レスピーギ《トスカーナ地方の四つのリスペット》の第四曲、“Razzolan, sopra a l’aja, le galline(雌鶏たちが中庭でついばんでいる)」です。四つの中で最も生活の匂いが濃く、民謡詩らしい素朴な明るさとユーモアが溢れる曲です。

リスペットは恋歌として歌われることも多いですが、この曲はそれよりも古い“村の日常の音”がそのまま立ち上がってくるような趣があります。特別な事件が起きるわけではなく、ただそこにある暮らしを淡々と、しかし温かく描く。レスピーギは民謡のもつ“生活の強さ”を見事に音楽に置き換えています

歌詞と大意

【伊語原詩】

Razzolan,sopra l’aja,le galline,

Beccando i chicchi sparsi del frumento.

Lungo la viale brune contadine

Passando,coi capelli sciolti al vento…

Razzolan,sopra l’aja,le galline,

Mentre dal pozzo la bella massaia

Tira su l’acqua e canta uno stornello

A Gigi che la guarda dal cancello!

A Gigi che la guarda stralunato

Con quell’occhietti pieni di passione…

Povero Gigi è tanto innamorato

Che si strugge com’un cero in processione!

Glielo vorrebbe confessar l’amore,

Ma quando l’è vicino non ha core…

Instanto la massaia indugia apposta,

Ma lui da qual cancello non si scosta!

Ma lui rimane lì fermo,impalato,

E lei prende ‘l su’ secchio e s’allontana…

Quand’è distante dall’innamorato

Canta con rabbia aprendo la gargana:

“Fiore di siepe,fiore d’amaranto…

Biondino mio non mi guardate tanto:

Se Dio ci ha fatto gli occhi per guardare,

Ci ha fatto anche la bocca per parlare!”

【大意】

ちょこまかと 農場の中をニワトリども

散らばった小麦の粒をつついてる

道に沿って 日焼けした農場の娘たちが

歩いて行く 髪を風になびかせて

ちょこまかと 農場の中をニワトリども

井戸から ひとりの美しい農場の娘

水を汲んでは ストロネッロを歌ってる

柵のところからじっと見てるジジに向かって

情熱に満ちその小さな目で見てる…

哀れなジジはそれほど恋してたんだ

まるで行列の中のロウソクが融けるほどに!

彼は愛を告白したいと思ってた

でも彼女に近づく勇気もなかったのだ…

娘はじれて じっと待ってたけれど

彼は柵から離れようとしない!

彼はそこからじっと動かない 磔になったみたいに

それで彼女はバケツを抱え そこから歩き去る…

恋する男から十分離れたところで

娘は怒ってこう歌う 歩きながら:

「生垣の花よ アマランタの花…

 あたしのブロンドの坊や そんなにあたしを見てばかりいないでよ

 神さまはあたしたちに見るための目を下さったけれど

 話をする口も下さったんだから!」

この詩には誇張された感情も、劇的な展開もありません。けれど、そのシンプルさが逆に力強く、暮らしの中にある生命のリズムが自然に感じられます。村の若者の出会いと恋のはじまりが、農場の風景と共にいきいきと描かれています。

前奏から、軽やかではじけるようなピアノが印象的です。三曲目の《Viene di là, lontan lontano》が“静かな風”だとすれば、こちらはまさに 朝の光に満ちた空気そのもの。ピアノの刻むリズムは鶏たちの動きや足取りのようにも聴こえ、生活のざわめきが音として立ち上がってきます。

旋律線は朗らかで、民謡特有の“人間味のある揺れ”が自然に含まれています。特にフレーズ末尾のちょっとした跳躍や伸びやかさは、歌い手がそこで息を吸い込みながら、風景をその場で見ているような感覚をくれます。

レスピーギはトスカーナの民謡に出会ったとき、その素朴さの中に “人の営みの誠実さ” を見つけたのではないかと思います。華やかな恋の歌でも、壮大な自然の描写でもなく、ただ鶏がついばみ、人が働き、陽が昇り、陽が沈む。そうした“変わらない風景”を朗らかに音楽で表現しています。

三曲目の緊張をはらんだような静かな風景とは対照的に、この第四曲は“暮らしのエネルギー”をユーモアを交えてそのまま音にしたような一曲です。リスペットという形式の幅広さ、そしてレスピーギが民謡に見出した豊かな生命力を感じ取ることができます。

次回は、作曲者を変えて、林光《四つの夕暮れの歌》の世界へ入っていきます。

今回の挿し絵:ジョバンニ・ファットーリ「森の中の農村の少女」
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