今回取り上げるのは、ヴィヴァルディのオペラ《Bajazet(バヤゼット)》に挿入されたアリア“Sposa son disprezzata(私は蔑ろにされた妻)”です。
ヴィヴァルディ作品といってもこのオペラは当時よく行われた「パスティッチョ」と呼ばれる形式で、自身の作品(旧作の流用および新規に作曲したもの)と、同時代の作曲家、ジェミニアーノ・ジャコメッリ(1692~1740)、ヨハン・アドルフ・ハッセ(1699~1783)、リッカルド・ブロスキ(1698~1756)らのアリアを寄せ集めています。ストーリー中の善人のアリアはヴィヴァルディ自身が書き、敵役の歌は他の作曲家の作品を流用するという具合で、ジャコメッリのオペラ「メローペ(Merope)」から借用した《Sposa son disprezzata》はその中で歌われるもっとも印象的なアリアのひとつです。オリジナルではカストラートの大スター、ファリネッリのために書かれた男性役のアリアでしたが、歌詞を一部手直しして女性役の歌にしています。
歌詞と対訳
【歌詞(伊語)】
Sposa son disprezzata,
fida son oltraggiata,
cieli che feci mai?
E pur egl’è il mio cor,
il mio sposo, il mio amor,
la mia speranza.
L’amo ma egl’è infedel
spero ma egl’è crudel,
morir mi lascierai?
O Dio, manca il valor,
e la costanza.
【大意】
わたしは蔑ろにされた妻。
天よ、わたしが何をしたというの?
それでも彼はわたしの心、花婿、愛、そして希望。
彼は私を愛している、でも不実。
彼は私を望んでいるけれど残酷。
私を見捨てて死なせるつもり?
あぁ、神よ、勇気も誠実さもかけているわ!
このアリアには、裏切られた女性の尊厳と嘆きが凝縮されています。忠実でありながら侮られたことへの怒り、愛する人に見捨てられた痛み、そしてそれでもなお夫を「愛」と「希望」と呼ぶ矛盾。激しく交錯する人間の心情が、言葉に刻まれています。
短調の重厚な響きが基調となり、前奏から悲しみの重さを打ち出します。旋律は広い音域を行き来し、心の揺れを映すよう。問いかけ「cieli, che feci mai?」ではいっそう緊張感をはらみます。絶望を吐露しながらも、一本の線としてレガートで旋律をつなぐことで彼女の「尊厳」を表現できると思っています。
今回取り上げるヴィヴァルディのアリア二曲は、同じ舞台に置かれながらも、その世界は対照的であり、多様さを示しているように思えます。《私はジャスミンの花》が自然のひそやかな可憐さを表現しているのだとしたら、《私は蔑ろにされた妻》は人間社会における愛と裏切りを、激情をもって描き出しています。二曲間の表現の対比をお楽しみいただけますように研究していきたいと思います。
次回からは、イタリア近代の作曲家オットリーノ・レスピーギによる《トスカーナ地方の四つのリスペット》を取り上げます。民謡の素朴な詩の中に息づく愛や自然、何気ない日常、そこに浮かび上がる人間の営みを見つめていきます。

.png)